安倍政権と比べてみると…
(現代ビジネス)
珍しいことに、今度の総選挙は、総理大臣が何の実績もない状態での選挙となる。
岸田総理は、「こういうことをやりたい」と言っているだけで、何もしていない。
現内閣が実績ゼロでの総選挙だ。
本当に民主党政権はひどかったのだろうか。
コロナ禍での安倍政権・菅(すが)政権の対応を見て、
「さすが、民主党とは違う。危機管理に長けている自民党政権ならではだ」
と思った人はどれくらいいるのだろう。
安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ【電子書籍】[ 尾中香尚里 ]
民主党への批判と言えば、安倍晋三元首相が好む「悪夢の民主党政権」がある。
この民主党への「悪夢」呼ばわりほど、中身のない批判はないが、それゆえにか拡散している。
そこで、民主党政権を政策の実現という観点から見直した本が、
『民主党政権 未完の日本改革』(ちくま書房)である。
著者は民主党政権三人の首相のなかのひとり、菅直人である。
どうせ自己弁護か自慢だらけの本だろうと思うだろう。たしかに、読む人の立場、読み方によってはそうなる。
だが、「解釈」はさまざまだが、民主党政権3年3ヵ月間で、何をやったという「事実」は事実として記されていると思う。
実は私はこの本の編集に関わっているので、第三者ではない。
関係者による紹介記事となるが、だからこそ、事実のみを記したいと思う。
民主党政権といえば、「マニフェスト」を思い出す人も多いだろう。
忘れている人も多いが、子ども手当、高校無償化、高速道路無料化などを約束した。
さらに、マニフェストには記載されていなかったが、
鳩山代表が沖縄の米軍普天間基地を「最低でも県外」に移転させると約束した。
最も期待はずれに終わったのが、この普天間基地の移設問題だ。
あるいは、マニフェストにはなかったのに、消費税の増税を決めたことも批判された。
民主党のマニフェストは抽象的な選挙公約ではなく、具体的な数値も列記し、
達成されたかどうかが検証可能なものとして作られた。
次の総選挙のときには、どれくらい達成されたかを検証し、それでさらに政権を続けさせてほしいと、
有権者に問うはずだった。
実際、民主党は2012年の総選挙の直前に、マニフェストを検証し発表しているのだが、
それはほとんど話題にならなかった。
だが、75%は達成されていたのだ。
民主党政権の失敗
ネット上に、そのマニフェストの検証がまだ残っているので、参照されたい(https://www.dpj.or.jp/article/101657)。
見ていただければ、民主党のマニフェストはかなり細かかったことが分かる。そして、達成率も、意外と高い。
全体の4分の3は何らかの形で実現したのだ。
民主党政権は3年3ヵ月だった。マニフェストは「4年間で実現する」と約束したものなので、
あと9ヵ月続けば、もっと、高くなったはずだ。
民主党政権のマニフェストは、もともと「暮し」に関するものが多く、
子育て、教育、医療、年金の分野は項目数も多く達成率も高い。
民主党政権の失敗は、「マニフェストを75%しか達成できなかった」ことではなく、
「75%も達成したのに、それをPRできなかった」ことにある。
実現できなかったもの、規模を縮小したものもあるが、なぜそうなったか。
民主党は、2009年8月の衆議院の総選挙では圧勝したものの、参議院では過半数を取っていなかった。
そのため社民党と国民新党との連立政権として、かろうじて過半数となっていた。
だが、普天間基地の移転問題で社民党は連立から離脱した。
そして2010年夏の参議院選挙で、民主党は議席を減らしてしまい、「ねじれ国会」となった。
法案を通すためには野党である自民党・公明党との妥協を強いられた。
自民党・公明党が反対して廃案になったものもある。
大臣がその気になればできること新しい法律が必要なく、予算も必要のない改革が、情報公開だ。
大臣がその気になれば、その省の官僚が隠していることも公開させられる。
民主党政権では岡田克也外務大臣が、沖縄返還の時に日米間の「密約」があったことを認めた。
あまり知られていないことでは、太平洋戦争中の激戦地である硫黄島に残っている、
日本兵の遺骨の埋められている場所を、アメリカへ調査チームを派遣して突き止め、掘り起こしたこと。
民主党政権時代の最大の出来事は、東日本大震災と東電福島第一原発の事故だ。
この震災・原発事故という危機対応についても批判された。安倍元首相の言う「悪夢」のひとつだろう。
だが、その後、昨年からのコロナ禍での安倍政権・菅(すが)政権の対応を見て、
「さすが、民主党とは違う。危機管理に長けている自民党政権ならではだ」と思った人はどれくらいいるのだろう。
『民主党政権 未完の日本改革』でも、この震災・原発事故対応について、
当事者である菅直人元首相の視点での、検証というか、総括がなされている。
原発事故では、当時の菅直人首相は早い段階で「最悪の事態」を想定し、
そうならないためには何をしたらいいかを考えて、実行していった過程が書かれている。
民主党政権が対応した危機では、大震災・原発事故のほか、尖閣諸島中国漁船衝突事件、
日航経営破綻についても詳述されている。
今月、『安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ』(尾中香尚里著、集英社新書)という本が出た。
安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ (集英社新書) [ 尾中 香尚里 ]
著者の尾中氏は元毎日新聞の記者である。
この本では、コロナ禍に安倍政権がどのように対応していったかを、時系列にしたがって、
当時の政府の記者会見などを採録しながら検証していく。
それと並行して、同じように未曾有の国難だった、東日本大震災・東電原発事故での、
菅直人内閣の対応も、当時の記録や関連資料をもとに描き、対比させ、その違いを浮き立たせている。
偶然だが、コロナ禍と大震災・原発事故とは季節がほぼ同じだ。
大震災・原発事故は3月11日で、菅直人総理が辞任したのは9月2日だ。
コロナ禍が全国的な大問題となるのは、2020年2月下旬に、
イベント自粛や学校の休校を政府が要請してからで、
安倍総理が辞任したのは同年8月28日である。
2つの国難が春の初めから夏までだったという、この「発見」がこの本のベースにある。
安倍晋三、菅直人の二人の総理が未曾有の危機に、それぞれどう対応していたかが描かれている。
これを読むと、安倍政権と菅(かん)政権との最大の違いが、
危機の早い段階でトップである首相が「最悪の事態」を想定したかどうかだったことがよく分かる。
その危機感が、菅直人総理をして、大震災・原発事故発生の翌日早朝の現地視察へつながる。
この視察もかなり批判されたが、その意図と影響について、事実に基づいて検証されている。
さらに、コロナ禍と原発事故とでの両政権の「危機の認識力」「国民への言葉」「権力の使い方」
「補償」など個々の対応を徹底比較している。
その検証の材料は、いずれも記者会見や公開された文書をもとにしており、客観的な事実に基づいている。
その結果、安倍政権に厳しく、菅直人政権を評価している。
積み上げた事実を素直に解釈すれば、どうしても安倍政権には批判的になってしまうのだろう。
あの大震災・原発事故のときの官房長官が、枝野代表だ。当然、『安倍晋三と菅直人』には、
枝野官房長官の活躍ぶりも描かれている。
民主党のど真ん中にいた菅直人元総理による『民主党政権 未完の日本改革』と、
ジャーナリストによる『安倍晋三と菅直人』の二冊は、いつまた大災害が起きるかわからないなか、
危機に対応できるのは、自民党政権と立憲民主党を中心とした政権のどちらかなのか。
判断材料のひとつになる。