安倍晋三氏襲撃事件で、旧「統一教会」、現在の「世界平和統一家庭連合」が、会見。
「家庭連合」の田中富広会長は、
「母親は当法人の教会員であり、これまでも1か月に1回程度の頻度で協会の行事に参加してまいりました。
破綻をされていたということは知っております。その後、このご家庭に高額献金を要求したかどうかは、
記録上一切残っておりません」
団体は母親の献金額については調査中だとしていて、警察から要請があれば、
調査に全面的に協力するとしている。
‘@記録にございません。破棄しました。どこかで聞いたセリフだ。
言葉の綾かもしれないが、「その後、高額献金を要求したかどうかは、記録上残っていない」
ということは、それまでは高額献金をしていたということ。
そもそも、宗教というものは困窮者を救うためにあるのではないか。
だとすれば、山上家の破綻を知った時点で、手を差し伸べるのが本来の宗教ではないのか。
わたしの考えは間違っているのかもしれないが、献金で立派な建物を建て、
幹部がぬくぬくとしている宗教を、私は信じない。
そんな金があるなら、困窮している人などに使うべきだ。
このことは遥か昔から訴えている。
もちろん、自分たちさえよければいいとする信条の宗教もあるのだろう。
それはそれで、他に迷惑を掛けなければ、何も言うことは無い。
ただ、それで、世界平和などと言われると「違うだろう」と言いたくなる。