記者は(38)は今春、米ワシントンに特派員として赴任した。
米国ではすでに、新型コロナウイルスのワクチン接種が毎日数百万人のペースで進んでいる。
3月下旬、日本でPCR検査を受け、米国行きの飛行機に乗るのに必須の「陰性証明」を手に渡米した。
到着してすぐに、ネット上で名前や連絡先を登録しておくと、10日ほどで接種を予約するように促すメールが届いた。
メールには48時間以内にネットで予約を済ませるよう指示がある。
予約画面では、接種会場ごとにワクチンの種類が記載されていて、
どの会場を選ぶかで、どのワクチンを打つか選べる状態だ。
「早く打てるなら打ちたい」そんな思いで、滞在中のホテルの真横にある、
国際会議場での接種を2日後の枠で申し込んだ。ここはファイザー製ワクチンだった。
当日、予約時間の10分ほど前に会場を訪れると、10人ほどが列をなしていた。
時間になると順番に案内され、メールの画面を見せて会場入りした。
だだっ広い会場に10個ほどの机が並び、注射する看護師らが2人ずつ座っている。
身分証など提出して簡単な受け付けを済ませると、順番に机へ案内され、ワクチンを接種。
終われば、すぐ横に並べられたいすに座って15分待機し、何もなければそのまま帰宅するという流れだ。
すぐに順番が回ってきた。打ち終わって、待機するいすまで歩き、
15分を自分で計るために時間を確認した。午後2時15分だった。
いすに座ってすぐ、車酔いのような気分の悪さが急に襲ってきた。
「気持ち悪いな」と思って目を閉じ、「早く治まらないかな」と思った瞬間、はっと目を開けると、
床に仰向けに倒れ、接種会場のスタッフ5人ほどに囲まれていた。
起き上がろうとすると、肩を押さえつけられ、「起き上がらないで」と強い口調で言われた。
頭がぼーっとするので、目を閉じると、「目を開けて」「寝ないで」と矢継ぎ早に声をかけられる。
自分が気を失ったことに、そこで初めて気がついた。
少し落ち着いてきて、女性看護師に「こんなこと、よくある?」と聞くと、「たまにあるよ」と返ってきた。
しばらく安静にしていると、救護班の女性に「病院へいく?」と聞かれた。
女性は「あなたは医療保険もあるし、病院に行ったほうがいいんじゃないかな。
この後、何かあったときには助けられないし」と説得され、病院へ行くことにした。
10分ほどでワシントンDCの救急隊員2人がやってきて、名前と生年月日、住所、電話番号を確認された。
寝た状態で外へ運ばれると、外には救急車が待っていて、そのまま乗せられた。
サイレンは鳴らさずに動き出した車内で、「どこに向かっている?」と確認すると、
ハワード大学病院だという。10分足らずで到着した。
その頃から頭をよぎっていたのは「2回目の接種を受けられないのではないか」という懸念だ。
ちょうどニューヨーク州でデジタルパスポートを運用することが話題になっていた。
いざ、自分が2回目を受けられないかもしれないという立場になると、
何らかの事情でワクチンを接種できない人に対して、ワクチンパスポートは冷たすぎるのではないか。
そんな人たちへの配慮が十分できていなかったのではないかと反省した。
結局、すべての検査で異常は見つからず、担当医が書いた診断書は「失神」。
そのまま大学病院を出て、歩いてホテルまで帰った。
注射のときに起きる失神は、緊張や疲れが引き金になりやすいという。
渡米したばかりで、時差ぼけのため眠れない夜が続いていた。
慣れない仕事で気付かないうちに疲れがたまっていたかもしれない。
大規模なワクチン会場なんて、もちろん初めての経験で緊張感があった。
指摘は当てはまることが多いと思った。
そんなことがあっても、2回目はどうしても受けたかった。
理由はワクチンの効果の高さだ。ファイザー製のワクチンの場合、有効性は95%だ。