菅長官が総裁選挙戦で実績としてアピールしている一つが、ふるさと納税制度の導入。
ふるさと納税は自治体間の返礼品競争を招くとともに、高所得者ほど節税効果が高まる。
しかし、制度の問題が改善されることなく、菅長官は強引に押し切った。
2014年、自治税務局長(当時)を務めていた平嶋彰英氏が菅官房長官に対して直接、
制度上の問題点を指摘していた。
しかし、事務次官候補の一人だった平嶋氏は翌年7月に自治大学に異動となり、省外に出された。
ふるさと納税に反対したことによる平嶋氏への左遷人事と言われ、霞が関の官僚を震え上がらせた。
現在は立教大学で特任教授を務める平嶋氏がAERA に実名で当時の様子を語った。
13年は消費増税の問題などがあったのでふるさと納税には手つかずだったのが、
菅さんは、2014年になって寄付控除額の倍増と、税金の還付手続きで確定申告を省略する、
「ワンストップ特例」の導入、2000円の基礎控除の廃止を求めてきました。
総務省で賛成する人なんていません。
総務省の役人どころか、少しでも税制度のことを知っている人なら、
「こんな制度はおかしい」と思っています。
自民党でも、制度の変更を頑張っていたのは菅さんぐらいではないでしょうか。
実際に、自民党に説明に行った時も国会議員の方から、
「受益者負担(公共サービスを受ける人が税負担をするという原則)はどうするんだ」
というご意見もありました。
日本に在住している外国人が、子供を日本の学校に通わせながら、
「税金は母国に払う」と言ったらどうしますか。
賛成する日本人はほとんどいないでしょう。
また、自治体間の返礼品競争が激しくなることもわかりきっていました。
その結果、アマゾンのギフト券を返礼品として配る自治体も出てきました。
事実上の現金還元です。こうなると、自治体も返礼品を豪華にしていかなければならない。
結局は、高知県奈半利町でふるさと納税制度をめぐって町職員を巻き込んだ汚職事件まで起きてしまいました。
2014年12月、レクの資料と『100%得をする ふるさと納税生活』(扶桑社)という本のコピーを、
クリアファイルに入れて、内閣官房長官の執務室に行きました。
この本には、年収1億円ほどと思われる著者が、600万円のふるさと納税をすることで、
税金の還付を受け、さらに手数料を除いた599万8000円に対する返礼品について、
<お取り寄せグルメ>と表現し、<これ、まじで生活できちゃうじゃないか…>と書いてありました。
私としては、当時は消費増税の負担を国民に求めていた時だったので、
ふるさと納税が高額納税者の節税対策になっている現状を示し、制度の問題点を説明しました。
菅官房長官は、
「地元に貢献したくて寄付する人もいる。そういう人間ばかりではない」と言うだけで、
制度上の欠陥については理解を示してもらえる感じではありませんでした。
「これはダメかな」と思ったのですが、資料だけは読んでもらいたいと思って、
クリアファイルに入れて執務室に置いてきました。
すると、その後にすぐ、内閣官房の職員が私の所にコピーをわざわざ返しに来ました。
次には総務省の上層部からも電話がかかってきて、これ以上は何も言わないように忠告されました。
私の人事については、高市早苗総務大臣が記者会見で法令に則って「適材適所で任命する」と答え、
菅さんも国会で「まったくの事実無根」と答弁していますから、私が何か付け加えることはありません。
ただ、クリアファイルの件から年が明けた2015年の初めに、
高市大臣から「菅さんと何があったの? 謝りに行ってきなさいよ」と言われたことはありました。
ですが、官僚として制度上の欠陥を指摘するのは当然の仕事なので、
謝る必要はないと思ってそのままにしていました。
こういった経緯もあったので、人事については何かあるかもしれないなとは思っていました。
──官房長官に意見することに、怖さはなかったのですか。
日本が戦争で負けたのは、米国と戦っても負けることはわかっていたのに、
軍人を含む官僚たちが政治家に客観的な事実を報告しなかったからです。
政治家にとって耳の痛い話でも、役人は事実をちゃんと報告することが仕事です。
それをしなかったから、たくさんの悲劇が起きた。
私としては、事実を伝えることは役人としての当然の仕事で、
このことについては今でも後悔はありません。
会社員の方は給料から天引きで税金が引かれているので知らない人が多いのですが、
税金の滞納者は生活が苦しい方がほとんど。
シングルマザーで水商売をしながら子供を育てている女性など、
本当に税金を払えない人がたくさんいます。
そういった人に対しても、職員は「今すぐ全額払えなくとも、地域社会の会費なので、
必ず払ってもらわなければなりません。分割で払いましょう」などと説得して、
日々徴収作業をしているのです。
その一方で、高額所得者が自分の住んでいる自治体に税金を払わずに、
高級肉やカニなどをもらっている。
税金とは、国民の財産から現金を無理に納めてもらうという意味で、役人にとって神聖な仕事です。
ふるさと納税は、そういった神聖な税制度の根幹を揺るがすものなのです。
誤解しないでいただきたいのは、私は、ふるさと納税をして返礼品を得ている人を批判しているわけではありません。
ふるさと納税は、やった方が経済的合理性があるのですから、
高額所得者が返礼品をもらいたいと思うのは当然のことです。
問題は、こういう制度をつくってしまったこと。総務省の後輩たちには申し訳ない気持ちです。
私としては、もっと別のやり方があったのではないかと、今でも忸怩たる思いです。
──現在、自治体が提供する返礼品は、送料や手数料などの経費を含めて寄付額の5割までに制限されています。一方で、返礼品を紹介するウェブサイトが人気を集めています。
経費を含めて5割までということは、寄付した人の金額の5割が税収から失われているということです。
返礼品を紹介するウェブサイトは、ふるさと納税の金額から15%ほどの手数料を得ていると報道されています。
近年ではテレビなどでウェブサイトの広告が出ていますが、
これも原資は地方自治体の税収になるはずだった税金です。
総務省が負けたのは当然です。返礼品は法律で禁止されていないのですから。
むしろ、高裁で総務省が勝ったことの方が不思議でした。総務省が返礼品を制限する通知を出しても、
法的な根拠がなければ裁判では勝つことができないだろうなと思っていました。
菅さんとしては、役人の意見を政治家が押さえつけ、
自らの政策を実現させることがリーダーシップだと思っているのかもしれませんが、
ふるさと納税は、税制度に対する国民の不信感を高めることになります。