「結婚すればいい」と、そんな簡単なものではない。
皇室という立場と親としての立場、子供の主体性。
公と私で揺れ動き悩んだお姿が垣間見られる。
娘を尊重すると共に、小室氏の今までの対応を含め未だ納得はしていない。
子を持つ親としては当たり前のことだと思う。
仮に皇室ではなく一般家庭でも、簡単に首を縦には降らないだろう。
ましてや皇室という、一般人には理解しづらい大きな公を背負っている。
結婚の儀も多数の人の祝と多額の費用が掛かる。
それは決して、一般と同じという分けにはいかない。‘@
秋篠宮さま。
公と私を考えますと、これは私は公は常に私に優先されるべきものだと思います。
もちろん、例外は存在すると考えますけれども。
一方、娘の結婚のことと、この公と私のことを合わせて考えてみますと、これはどうなんでしょう、
公と私というものにうまく当てはまるものなのか、どうかという気もいたします。
彼女は結婚するまでの間、皇族でいる間、公的なものと私的なものとの場合には、
常に公的なものを優先してきていると私は思います。
仮に、もし結婚するという、これは私的なことだとは思いますけれども、
これを優先させたとしても結婚することを公にしてから既に4年経っているわけですね。
もし、それを優先させた、優先させているということになれば、
10年経っても20年経っても結婚はできないということになるかと思います。
一つ、女性皇族と男性皇族では手続においても、男性の方は皇室会議を経て行われますし、
女性の方はそれがない。そこでも公と私というのが、二つでもって性格が違ってくる。
そういうことも頭に入れておきたいなと思います。
10月26日に婚姻届を出した後、記者会見というか、記者発表というかを行ったわけでありますけれども、
私自身は一方向のものではなくて双方向での会見という形にしてほしかったと思います。
ただ、長女の複雑性PTSDということもあり、直前まではそのつもりで本人もいたのですけれども、
会見している間に何か発作とか起きることも考えられるでしょうから、やはり難しかったのかなと思います。
一方で、夫の方については、私も結婚の段階になった時に経緯などを説明することは大切だということを
以前に話をいたしましたけれども、確かに春ですか、
文書ではそのことについての説明をしているわけですけれども、
やはり私としては自分の口からそのことについて話をして、そして質問にも答える、
そういう機会があった方が良かったと思っております
今回、結婚に当たって、普通であれば行われている三つの行事ですね。
納采の儀と告期の儀と入第の儀、これは私の判断で行わなかったわけですけれども、
私は本来であればそれは行うのが適当であると考えています。
まず一つは、やはり言われているトラブルというのがまだ解決はしていなかったということもありますけれども。
あとは、この春に娘の夫がかなり長い文書を出したわけですね。
それは確かに説明はしたということにはなるかと思うんですが、
あれを読んでどれぐらいの人が理解できるか。
さっと見てですね、やはりじっくり読めば分かるけれども、さっと読んだだけだとなかなか分からないという、
そういうものもあるわけで、やはり、それによって、じゃあ、これはもう私の独断です、
私の個人の考えとして、あれを読んでみんながすぐに状況を整理して
納得できるというものではないと私は判断しました。
そのことから、三つの行事を行わないことにしました。
(今後の御結婚の影響については)今後の影響というのは、なかなか、
今、私が言える範囲で読みにくいところがあると思います。
もちろん、あくまで私が、今、ここでお話しできる範囲で、ということですが。
誹謗中傷に関しては「許容できるものではありません」
‘@秋篠宮さまは私と同様の考えのようだが、
国民の中には眞子さんが結婚したいというのだから結婚すればいいと、
諸問題は関係ないと思う人もいる。
結婚の行事が行われなかったことは歴史に刻まれる。
眞子さんが幸せになることを願うのみ。