ロイター
2022年9月、ロシア軍はウクライナ東部の小さな町、バラクレヤから敗走した。
そこにはロシア軍が駐留していた数多くの痕跡が残されていた。
その1つが町外れにある古びた車両修理工場に設置した、ロシア軍の司令部だ。
内部には大量の文書が放置されており、そこからは占領から敗走に至るまでに経緯が、詳細に記されていた。
司令部内には「禁煙、ごみを捨てるべからず」といった注意書きとともに、
「われわれが去れば、奴らが来る」という標語が張られていた。
発見されたノートやメモ用紙には、ロシア軍情報部隊の座標や、指揮官との通話記録、
戦闘の詳細、死亡した兵士の名前、破壊された装備品のリストなどが含まれていた。
さらに部隊の士気低下と軍紀の乱れに関する記述もあった。
ロイターはこれら文書の1000ページ超を閲覧、新たな事実を浮かび上がらせていた。
彼らは市販のドローンを使い、操作する兵士は訓練を受けておらず不慣れだった。
そのうえ、ウクライナ側の通信を妨害する機器はたびたび故障した。
バラクレアの司令部は部隊を増員することにした。
ところが部隊は最大兵力の71%にしか満たなかった。
また別の表には装備品の記録もあった。それによると「ファゴット」対戦車ミサイルは24基から4基に減っていた。
8月末までには戦死、脱走、戦闘によるストレスで部隊の戦力は低下。
文書に位置情報の記載があった、
ロイターは、放棄されたウクライナ北東部のロシア軍の拠点5カ所を訪れることで、
これらの文書の信ぴょう性を確認。
5カ所全てで、ロシア軍部隊がその場所に駐留していたことを、地元住民が証言。
救急隊職員のアルビナ・ストリレッツさん(33)
彼女は拘留された他の人が激しく殴られたり、レイプされる様子を聞いたと話す。
「こうした音をかき消すために、私たちはトイレを開け、部品を外して滝のように水がずっと流れ続けるようにした。
そうすれば恐ろしい音を聞かずに済んだ」
地元学校の校長であるテチアナ・トフストコラさんは、数日間そこで拘留されたという。
「私たちはそのまま階段を上って1階に連れて行かれた。なんという人生だろう。でも私たちは負けない。
私たちはウクライナ人だ。私たちはウクライナ人であり続け、強くあり続けるだろう」