日本人の新型コロナ患者の重症者や死亡者が、欧米人に比べて非常に少ない理由として、
存在が指摘されてきた謎の要因「ファクターX」について、理化学研究所は8日、
「日本人に多い特定の免疫タイプが要因の一部だと解明した」と発表。
感染した細胞を免疫細胞の一つであるキラーT細胞が破壊する仕組みも判明。
仕組みを応用すれば、新たな脅威となっている変異株「オミクロン株」にも有効なワクチンの開発につながりそうだとしている。
日本の新型コロナの感染者数が欧米と比べて少ないとされる要因について、
HLAと呼ばれる細胞の表面にある物質の種類が関係しているのではないかという研究結果を、
理化学研究所(理研)の研究チームがまとめた。
人間には様々な種類の免疫機能があり、ウイルスが感染した細胞を殺傷する白血球の一種、
「キラーT細胞」もその一つ。
キラーT細胞は「エピトープ」と呼ばれるウイルスの特定の部分に反応して「敵」であると認識し、
ウイルスを攻撃。
同時にウイルスを記憶して次に同じウイルスがやってきたときに、速やかに反応する。
理研で「風邪を引き起こす従来のコロナウイルス」と「新型コロナウイルス」のエピトープを調べたところ、
極めてよく似たエピトープがあることを突きとめた。
さらに、そのエピトープは日本人の6割近くが持つといわれるHLA-A24型によく結合することも解明。
HLAは細胞の表面にあって、様々な種類があり、免疫に深く関わっている物質。
このためHLA-A24型を持っている人は、新型コロナの抗体を持っていなくても、
従来のコロナウイルスの記憶を持つキラーT細胞が速やかに活性化して、
新型コロナウイルスを攻撃するため、感染や重症化が防げたのではないかと理研では見ている。
ちなみに欧米ではHLA-A24型を持っている人は1割から2割だという。
東京大学医科学研究所 附属感染症国際研究センター システムウイルス学分野の、
佐藤准教授が主宰する研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan(G2P-Japan)」は、
新型コロナウイルスの「懸念すべき変異株」である「カリフォルニア株(B.1.427/429系統)」と、
「インド株(B.1.617系統;デルタ型)」に共通するスパイクタンパク質の「L452R変異」が、
HLA-A24を介した細胞性免疫からの逃避に関わることを明らかした。
また、「L452R変異」は、ウイルスの感染力を増強する効果もあることを明らかにした。
本研究では、流行株の大規模な配列解析により、HLA-A24によって認識されるエピトープ部位の変異、
Y453FとL452Rを同定した。Y453F変異は、HLA-A24から逃避し、
感染受容体ACE2への結合性を高める能力を持つが、この変異を持つB.1.1.298系統は、
昨秋のデンマークでの一過的な流行以降に収束した。
一方、L452R変異は、HLA-A24から逃避するのみならず、感染受容体ACE2への結合性を高め、
ウイルスの膜融合活性を高めることによって、ウイルスの感染力を増強させることを明らかにした。
本研究では、まず、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質の一部が、
「HLA-A24」という、日本人に多く見られる型の細胞性免疫によってきわめて強く認識されることを、
免疫学実験によって実証した。
次に、75万配列以上の新型コロナウイルスコロナウイルス流行株の大規模な配列解析を行い、
スパイクタンパク質のHLA-A24で認識される部位に、いくつかの重要な変異があることを見出した。
昨年デンマークで流行したB.1.1.298系統で見つかったY453Fと、
現在世界中で流行拡大しているB.1.617系統(通称「インド株」)とB.1.427/429系統(通称「カリフォルニア株」)の変異、
L452R変異というアミノ酸変異。
更に免疫学実験により、これらの変異はいずれも、HLA-A24による細胞性免疫から逃避することを実証した。
これは、「懸念すべき変異株」が、細胞性免疫から逃避することを実証した世界で初めての成果だ。
本研究で見出したY453F変異とL452R変異はどちらも、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質の中でも、
新型コロナウイルスの感染受容体に結合するモチーフの中の変異だった。
そこで次に、これらの変異が、ウイルスの感染と複製効率に与える影響を、ウイルス学実験で検討。
その結果、L452R変異は、ウイルスの膜融合活性を高め、感染力を増強させることを明らかにしました。
上述の通り、L452R変異は、現在世界中で流行拡大しているインド株に特徴的な変異だ。
また、L452R変異による免疫逃避に関わる、細胞性免疫を担うHLA-A24というタイプの白血球抗原は、
約60%の日本人が持っている。
L452R変異は、日本人に多いHLA-A24による細胞免疫から逃避するだけでなく、
ウイルスの感染力を増強しうる変異であることから、この変異を持つインド株は、
日本人あるいは日本社会にとって、他の変異株よりも危険な変異株である可能性が示唆される。
本研究は、東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野の佐藤准教授が主宰する、
研究コンソーシアム「G2P-Japan」によって実施されたもの。
G2P-Japanコンソーシアムでは、今後も、新型コロナウイルスの変異(genotype)の早期捕捉と、
その変異がヒトの免疫やウイルスの病原性・複製に与える影響(phenotype)を明らかにするための研究を推進する。
本研究成果は2021年6月14日、米国科学雑誌「Cell Host & Microbe」オンライン版で公開された。