聖路加国際病院、QIセンター感染管理室マネジャーの坂本史衣先生。
わたしがいつも述べていることを、坂本先生が分りやすくまとめてくれている。‘@
(意訳)
「行動制限は不要」と聞いて、もしかしたら「飲み食いをする」とか「マスクを外す」といった、
「行動」を「制限する必要はない」という発信がなされたと捉えている人は多いような気がします。
もちろん、そういう解釈で合っているのかもしれませんが。
そして、行動が何を指すにしろ、制限しないための前提条件として5つの対策があったはずです。
政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会が示した5つの対策。
これを徹底することを前提に、行動制限はしないと伝えたが、
医療の逼迫が深刻になった場合は行動制限が必要となる可能性も伝えている。
5つの対策の方は、どこかに飛んで行ってしまっているような気がします。
マスク外しも熱中症対策と絡めないでほしいのですが、
「屋外では周囲に人がいなかったら外す」という推奨は、2020年の早い時期から出ていたので、新しい話ではない。
それが、「やっとマスクを外してもよくなったのだ!」と伝わっているところがあります。
情報の出し方、伝わり方に、ずれがある。「インフォデミックの再来」のようにも思えます。
『ワイドショーなどでいろいろな人が出てきて独自の見解を述べることによる混乱』が目立った2020年とは違って、
政府や専門家の意図するところが十分に伝わっていないことによるインフォデミックです。
100%間違いではないのだけれど、部分的にすくい取られて、
意図したこととは違う解釈が広がっていることがあるのではないでしょうか。
正確に伝えないと、ふたを開けてみたら第6波のように、思いのほか死者数が増えて、
「誰がこの状況を良しとしたのか?」ということになると思います。
私が願うのは、一人ひとりが自分と自分の周りにいる人の幸せのために、
今、自分がどういう感染対策を取るべきなのか、納得できる形で選択できることと、
そのための質の高い情報提供が行われることです。
「経済を回しましょう」という声もあるし、具体的にどう行動したらいいのかわからりづらくなっています。
第7波に入って、感染しやすくはなったけど、感染経路が変わったわけではありませんから、
基本的な対策は変わりません。
感染を防ぐために大事なことは、目に飛沫を浴びないこと
エアロゾル粒子(飛沫よりも細かく、空気中をしばらく漂う粒)を吸入しないことです。
そのためには、周りに人がいたらマスクをつけ、空間の換気を改善することが必要です。
ワクチンは重症化予防には効果があるけれど、オミクロンの登場で、
感染予防にはあまり役立たなくなってきています。
やや極端に「コロナは風邪だ」と言う人もいる。
風邪とは言わないまでも、なんとなく軽く済むと思っている人もいる。一方で怖いと思っている人もいる。
自分が選んだ行動の結果、どういうことが起き得るのか。そのリスクを過剰でも過少でもなく、
適正に、わかりやすく伝えるのも大事です。それが結果的に感染予防につながると思います。
ワクチンについてはうった方がいいと思います。子供もです。
後遺症についても、考える必要があります。
これから勉強や様々な経験を積んで、成長していく若い人たちに、
倦怠感や思考力の低下などの症状が遷延すれば、思い描いていたことの実現が困難になります。
これらのことは、お子さん個人だけでなく、国としても、健康問題だけにとどまらない大きな問題です。
新型コロナウイルス感染症を2類相当から、5類へ変更すれば「全てが解決する」という声が、
再び大きくなっています。
分類が変わっても病気の性質は変わりません。
感染症法上の位置付けが変われば、感染性のある人たちを入院や自宅療養などで、
どこかに隔離しておくという縛りがなくなり、濃厚接触者も自由に活動し、
今よりは感染が広がりやすい状況が生じるでしょう。
それでも、例えば、定点観測で流行規模を推定し、病床運用の効率化を図ることで、
入院を要する患者がキャパシティを超えず、人員不足も生じず、コロナ以外の病気を含めて、
必要な人に医療を提供できる体制が維持される可能性が高いというのであれば、
対応を緩和するのはアリかもしれません。
ただ、これだけ広がりやすい変異株が現在流行しており、
治療の手段や濃厚接触者に対する発症予防の手段も、
例えばインフルエンザのように、どこでも手軽にアクセスできて、選択肢が豊富というわけではまだありません。
分類上「重症」ではないが、つらい症状で苦しみ、死亡する人の数は、感染者数が増えれば、増加します。
後遺症の問題もあります。そうしたことも踏まえて、どのように対応するのが最適なのか、検討する必要があります。
キャパシティを超えることがあれば、「しんどくなりましたので、入院したい」となったときに、
「すでにいっぱいです」と断ることが増えるでしょう。それは、コロナに限らず、です。
「5類相当にしましょう」と言っている人のなかには、この病気が起こす病態や病状について詳しく知らないか、
「軽い病気」という認識を持っている人も一定数いると思います。
もちろん永遠に現在の体制でやっていくということではなく、重症化にしろ、後遺症にしろ、
どこでも誰もが比較的容易にコントロールできる手段が増えれば、
インフルエンザのように、5類に落とすことができる。
ただ、現時点で枷を外すことが得策かといえば、今は得策ではないと思います。
医療費やワクチンを今は公費で負担していますが、
それをどうするかにについても考えなければいけないと思います。
高額な治療もあるので、公費負担をやめれば、治療を受けなかったり、
病院に来なかったりする人が増えることも考えられます。
保険診療にするのか、公費で全額支払う体制を維持するのか、それによっても受診状況は違ってくると思います。
コロナ以外の病気で入院したい人が出ても「空床がありません」とお断りしなければいけません。
既に断り始めています。
第6波の時はあの3ヶ月間で1万人以上が亡くなりました。
「オミクロンは軽症だ」という情報が流れていましたが、感染者がものすごく増えて、
ふたを開けてみたら死亡者数は1万人を超えていた。
決して集中治療室で人工呼吸器を着けて亡くなったケースが多いわけではありません。
高齢者施設であったり、病院の中等症や軽症を受け入れる病棟で、
高齢者が「これ以上の延命治療は望まない」と言って亡くなった結果、出てきた数字です。
つまり全国各地の「目立たない死」が、たくさん蓄積したという感じです。
第7波では、第6波を上回る規模で感染者が増えると予想されています。
重症度が第6波と同等だとすれば、同じぐらいの割合で死亡者数が出る可能性はあります。
後で振り返ると「こんなに亡くなったのだな」という数になるのでしょう。
高齢者の死が増えること、十分に医療を受けられずに亡くなることをどこまで許容するか?
一般的に若い人に比べれば、高齢者は、より死というものに近い人たちです。
しかし、そのなかで、コロナが関与した数は今までよりも多い。
それを「高齢者だから仕方ない」「高齢者が亡くなることはあるよね」と言って、増えるに任せていいのか。
どこまで増えることを我々は許容するのか。それについてはあまり議論になっていません。
なんとなく「定め」のような雰囲気で、誰も大きな声で文句を言わずに人が亡くなっていったのが第6波です。
第7波ももしかしたらそんな形になるのかもしれません。でも、それでいいのかな?と思います。